大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所多治見支部 昭和30年(ワ)107号 判決 1956年9月17日

土岐市下石町二百八十四番地

原告

松浦三郎

多治見市精華町七十六番地

右訴訟代理人弁護士

浅井亨

被告

右代表者法務大臣

牧野良三

右指定代理人

宇佐見初男

加藤敏夫

同原邦雄

右当事者間の昭和三十年(ワ)第一〇七号配当異議事件について当裁判所は左のとおり判決する。

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し被告の下級官庁多治見税務署長より岐阜地方裁判所多治見支部昭和三一年(ヌ)第七号不動産競売事件に付同裁判所に対し同年五月十三日為したる同事件債務者中垣正務に対する昭和二十九年度贈与税金弐万九千五一円之が同年三月十三日迄の利子加算税金八百五十円、同延帯加算税金六百三十円の交付要求に付てはその額の課税権無く、その課税権ありて交付要求を為し得べき額は贈与税金壱万四千参拾円及之に対する昭和三十年三月一日以降の同年五月十三日迄の利子加算税額四百十円配当期日迄とすればその額千七十円延滞加算税額は昭和三十年三月二十日以降昭和三十年五月十三日迄の額参百六拾円配当期日迄とすれば金七百円に過ぎざることを確認し右競売事件の配当表を右課税権に基き更正することの申立を右裁判所になすべし、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として、「原告中垣正務に対する給付判決の確定したる債務名義を以つて同訴外人外二名所有の不動産の強制競売を申立て岐阜地方裁判所多治見支部昭和三十年(ヌ)第七号事件として進行、外二名の所有不動産に対する競売は取消若しくは取下となり、中垣正務所有の不動産は競売せられ、その競売代金に付昭和三十年十二月九日の配当期日に於いて、同年五月十三日被告の下級官庁多治見税務署長より中垣正務に対する昭和二十九年度贈与税昭和三十年二月二十八日納税金弐万九千五十円之が昭和三十年五月十三日の利子加算税八百五十円、同延滞加算税六百三十円の課税権あることを原因として其交付要求書を同裁判所に提出あつた為め、同裁判所は競売申立費用の次順位の配当として右金額を被告に交付すべき配当表を作成し、被告の下級官庁多治見税務署長は其配当表に依り配当金の交付を求めたので原告はこれに異議を述べた、然しながら原告代理人に於いて調査の結果、被告に中垣正務に対して有する贈与税課税権のある原因は中垣正務の父中垣繁利が中垣正務に対して

(1)  土岐市下石町字横枕四百二十八番の二

家屋番号五百六十三番

木造瓦葺平屋建倉庫建坪十一坪二合五勺

(2)  同所四百二十八番の二

家屋番号五百六十四番

木造瓦葺平屋建店舗建坪十九坪

(3)  同所四百二十八番の二

家屋番号五百六十四番の二

木造瓦葺弐階建居宅建坪二十七坪五合外二階坪九坪

の三筆の不動産を贈与したに因るものであつて被告の下級官庁多治見税務署長に於いて右三筆の不動産を評価するに当り何等の根拠無く又家屋の実状を検分し若しくは評価人をして評価せしむることなく、漫然(1)の不動産の賃貸価格を金拾八円(2)の不動産の賃貸価格を金参拾八円(3)の不動産の賃貸価格を金九拾四円合計金百五拾円と即断し、且つ右不動産の価格を右認定賃貸価格の千六百倍なる金弐拾四万円と独断し、次に中垣正務は中垣繁利より何等動産の贈与を受けて居らないに拘らず、凡そ不動産の贈与を受けたものは之に伴い少くとも四十パーセント即ち四割の価格の動産の贈与を受けたものと看做して課税するとまことに不合理なる主張を為し、お知らせ申告なる題名下に中垣正務を多治見税務署に招致し、其補助職大蔵事務官平田定彦をして中垣正務に対し1.不動産の価格は税務署としては前記額を認定する。2.不動産の贈与を受けたときは不動産の価格の四十パーセントの動産の贈与を受けたものと看做すのだが前記(2)の不動産は貸家として居て中垣繁利、中垣正務等に於て直接利用して居ないから(1)の不動産と(3)の不動産との前示認定価格拾七万九千二百円(拾八円に九拾四円を加えたる金百拾弐円の千六百倍)の四割七万壱千六百八拾円の動産の贈与を受けたものと看做すべきであるが格別の詮議を以つて拾七万九千弐百円の参割五万参千七百六拾円の動産の贈与を受けたものと看做すことにしてやるから申告書を出せと申向け、予ねて同大蔵事務官に於いて申告用紙に右金額の不動産、動産の贈与を受けたる如く記載し用意し置きたる申告書に税法の智識無き中垣正務をして署名捺印せしめ右申告書に基き贈与を受けた物の価格合計弐拾九万三千七百六拾円と不相当なる認定を為し拾万円を法定控除次に百円未満の金額控除の上税率百分の拾五を乗じたる積より拾円未満の端数を除き以つて贈与税額を弐万九千五拾円と算定したのである。右の認定の独断的にして誤れることの甚しきは言を俟たない。

原告代理人の算定に依れば(1)の不動産の固定資産税額は六百四拾六円(2)の不動産の固定資産税額は六百拾八円(3)の不動産の固定資産税額は千四百五拾五円であることは昭和三十年(ヌ)第七号事件記録の土岐市下石支所の作成の公租公課証明書に依り明白であり、土岐市の固定資産税課税率は固定資産税課税標準額の評価価格の千分の拾四であるから、右固定資産税額より逆算すれば(1)(2)(3)の不動産の固定資産税標準額は拾九万四千弐百拾四円となり而も昭和三十年(ヌ)第七号事件の評価人の評価によれば此等三個の不動産の価格は合計拾九万弐千五百円であつて前記拾九万四千弐百拾四円より下廻るのである。右三個の不動産の敷地は借地であつて其借地権者である中垣繁利の相続権の承継の場合の外他の者が之を買得する場合には地主より借地権譲受の承諾を得ない限り地主より収去の請求を受くる虞あり又現時の社会経済状勢よりして借地権譲受の承諾を受け得る期待過少であり収去の請求を受くる虞過大であるのでその交換価値は地上権を有し若しくは所有権が敷地も同一人なる場合と大差あるのである。

右の拾九万四千弐百拾四円より百円未満の拾四円控除更に控除額拾万円を控除した残額九万四千弐百円に百分の拾五を乗じた積は壱万四千百参拾円であつて被告の中垣正務に対する昭和二十九年度贈与税課税権ある額は右の壱万四千百参拾円に過ぎないこと明白である。中垣正務は而も中垣繁利より何等動産を受けて居ないのである。

次に利子加算税は昭和三十年三月一日起算六月末日迄は百円に付日歩四銭であつて、五月十三日迄の計算額四百拾円(拾円未満切捨)配当期日なる十二月九日迄は七月一日以降百円に付日歩三銭として計千七拾円、延滞加算税は始期三月二十日以降五月十三日迄は同率の参百六拾円(拾円未滞切捨)配当期日なる十二月九日迄は七月一日以降百円に付日歩三銭の割にて且金額が贈与税額の百分の五を超ゆるとき百分の五にて打切に付金七百円となるのである。

中垣正務が被告の下級官庁多治見税務署長の指示若しくは強要によりおしらせ申告なる名下の申告書に署名捺印して申告した以上之に基き被告に課税権発生するか否かを案ずるに、納税義務者に於て、被告の下級官庁の不合理なる認定額を勧誘せられて税法の智識なく有邪無邪裡に之を承認して誤れる申告を為したからとて被告に正当に課税権発生するものでない、納税義務者に於いて之が誤謬なりとして法定期間内に異議を申立てないときは異議権を納税義務者に於いて失うのみであり、その後に於いても課税権者たる被告の下級官庁なる税務署長に於いて職権を以つて更正し得るのであり而も異議申立期間は此の更正決定後に起算するのであつて税務署長の更正権は過少申告の場合のみならず過大申告若くは誤れる申告についても為し得るのであり且つ為さねばならないのである。仮りに然らずとして斯くの如きおしらせ申告なる名下に於て被告の下級官庁たる税務署長に於て勧告的に税務署長の誤れる認定額を申告せしめたる事実を以つてしては第三者たる原告に対し被告はその申告に依り課税権ありとして対抗出来ない。被告の下級官庁たる多治見税務署長は原告代理人の第三項に依る誤謬の指摘を受けたら直ちに職権を以て課税額を更正すべきであり之を為さないときは訴に依り裁判所が更正を命ずる判決を為すべきであると陳述し、立証として証人平田定彦の証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張事実中「原告が訴外中垣正務外二名所有の不動産に対し岐阜地方裁判所多治見支部に強制競売の申立を為し右事件が同裁判所昭和三十年(ヌ)第七号事件として進行中外二名の所有不動産を除く中垣正務所有不動産は競売せられたので、被告の機関である多治見税務署長は訴外中垣正務に対する昭和二十九年度贈与税金二万九千五十円及び之が昭和三十年五月十三日迄の利子加算税八百五十円、同延滞加算税六百三十円に付交付要求を為したところ、昭和三十年十二月九日の配当期日に於て原告代理人が異議を述べたこと、多治見税務署長は訴外中垣正務が同人の父中垣繁利から原告主張の不動産(建物)及びこの建物の一部に附属する家庭用動産の贈与を受けたことを原因として昭和二十九年度の贈与税価格金二十九万三千七百六十円贈与税額二万九千五十円とする申告書の提出を受けて、その申告を受理したこと及び同人の申告について多治見税務署長が便宜事務的に指導したことはこれを認めるが、原告独自の計算になる中垣正務の昭和二十九年度贈与税の金額は金一万四千百三十円であること、及びこれを基礎額とする利子税額並に延滞加算税額の計算その他の事項は凡て否認する。

原告の請求原因は結局、訴外中垣繁利が同中垣正務に対して贈与した不動産に対する多治見税務署長の評価が適正で無いこと、及び動産贈与の事実が存しないのに贈与税を賦課した違法な租税債権に基いてなした訴外多治見税務署長の交付要求に対しては配当すべきで無いと謂うにあるものの如くである。

しかしながら原告は中垣正務に対する賦課処分の違法即ち租税債務の不存在を事由に異議の訴の原因となすことを得ない。というのは原告は訴外中垣正務がおしらせ申告なる名下の申告書に署名捺印して所轄税務署長に申告してもその申告の内容が誤まつておれば課税権は発生しないものの如く強弁するが、相続税法は、贈与税についても申告納税制度を採用しているもので、この申告納税制度は申告書の提出により申告書に記載された贈与税額が自動的に確定する。但し申告した課税価格若しくは税額が過大であることを知つた納税者は、所定の期間内に更正の請求(相続税法第三十二条参照)をすべきでこれをすることなく右期間を徒過した者は相続税法上申告者において矯正する方法はない。法が斯様な規定を設けたのは申告というものに租税債務確定の効果を附して租税債権を迅速に確定させる公益上の必要から来るものであることは喋々するまでもなかろうもつとも原告主張する如く申告者の陳情申し出等により税務署長自ら更正又は再更正することはあるがその必要がなければ申告者のさような申し出等に耳をかす必要は毫もない。

原告は課税の智識の無い訴外中垣正務が多治見税務署員の誤れる指示勧告に従つてなした申告によつては、課税権が発生しないと主張するものの如くであるが中垣正務に対する課税については多治見税務署員大蔵事務官平田定彦が調査しその趣旨方法を説明して申告させたもので同人の申告も自らの意思に基いて為されたものである。ともあれ右申告は正当で被告の機関である多治見税務署長は中垣正務に対する昭和二十九年分贈与税につき原告主張の競売手続に際して昭和三十年五月十三日贈与税額二九、〇五〇円及び同年五月十三日迄の利子税額金八五〇円と国税徴収法第九条による延滞加算税額金六三〇円の交付要求をしたものでその租税債権の存在及び総額は正当である。 従つて中垣正務に対しては恰も債務名義が存することと同理になり、同人が右債務名義を問疑出来ない以上他人である原告は中垣正務が主張することを得ざる事由を主張して異議の訴の原因とすることは出来ないのみならず原告は「課税権の(租税債務の趣旨か)一部不存在確認」を求ているが税金の賦課の違法を争う場合は抗告訴訟は公法上の権利関係に関する訴訟の形態において争うべきで租税債務不存在確認訴訟によるべきものではない。原告は中垣正務がした多治見税務署長に対する申告の効力は争わないと自認しておりながら本訴を提起するが如きは自家憧着のそしりを免れない。

ともあれ他人である原告は中垣正務の申告によつて確定し且つ両人が最早や主張することを得ざる事由を主張して異議の訴の原因となすことはできない。

最後に、若し原告が被告国に対し原告主張のように贈与税額を更正して交付要求をやり直せという趣旨の裁判を求めるものならばそれは行政処分を求めるものにして法の許さざるところであるから不適法な訴として速やかに却下せられるべきであると陳述し、立証として乙一乃至三号証を提出し、証人平田定彦の証言を援用した。

理由

訴外中垣繁利が昭和二十九年三月一日訴外中垣正務に対しその所有にかかる土岐市下石町字横枕四百二十八番の二家屋番号五百六十三番木造瓦葺平家建倉庫建坪十一坪二合五勺外二筆の不動産を贈与したのでこれが相続税法上贈与税の対象となつたこと、原告は訴外中垣正務に対する確定判決による債務名義をもつて同人所有の不動産に対し強制競売の申立を岐阜地方裁判所多治見支部に為した結果同裁判所昭和三十年(ヌ)第七号事件に於て競売せられたので、其競売代金に対し前記贈与税の所轄官庁たる多治見税務署長は前記訴外中垣正務に対する昭和二十九年度贈与税二万九千五十円及び昭和三十年五月十三日迄の利子加算税八百五十円、同延滞加算税六百三十円に付、交付要求を為したところ同裁判所昭和三十年十二月九日の配当期日に於て、原告代理人より異議を述べたこと、は何れも当事者間に争のないところである。原告はその租税債権の一部不存在を争い配当表の更正を求めるので按ずるに、成立に争のない乙号各証並に証人平田定彦の証言を綜合すると、前記の如く訴外中垣繁利より中垣正務に対し昭和二十九年三月一日前記不動産の贈与が行われたが贈与によつて財産を取得した訴外中垣正務は所轄多治見税務署長に相続税法所定の申告書の提出を怠つていたところ、偶々同税務署員が岐阜地方法務局駄知出張所に於て登記申請書の閲観をした際之が事実を発見したので、同税務署に於ては早速納税者である中垣正務に対し所定の申告を為すよう所謂おしらせ申告なるものに所定の事項を記入して督促したところ、同人は昭和三十年二月二日右贈与を受けた不動産(家屋)並にその家屋に附属する動産の合計課税価格が二十九万七百六十円課税価格に対する税額が二万九千五十円である旨の申告書を所轄多治見税務署長宛提出し、その後提出者たる中垣正務よりは右申告につき別に更正の申立も無く、従つて右申告書の提出によつて同人の負担すべき贈与税額は当時既に確定したものであることが明かである。

原告代理人は、訴外中垣正務は不動産の贈与は受けたが、家庭用動産の贈与を受けたことが無いとか、又右贈与税の課税標準価格の算定が不当であるかの如く主張するが、前記証拠によれば納税義務者たる訴外中垣正務は申告期間内に申告を怠つたがその後大蔵事務官平田定彦の指導により自己の負担すべき贈与税につきおしらせ申告書なるものを提出し、右によつて同人に対する贈与税並に利子加算税、延滞加算税額が確定したことはこれを優に認めることが出来、原告代理人も右訴外人の申告については別にその効力を争うもので無く又訴外人に代つて租税債権の存在を争うものでも無い旨自認するところからすれば、納税者たる中垣正務に対する関係に於て既に確定しておる租税債権を第三者たる原告が自己独自の見解に基き争つて、その効力を否定する結果となるような配当表の更正を求めるということは、その主張自体に於て許容の限りにあらざること多言を要せざるところであつて、他にこれを肯認するような主張立証も無いから、その他の点についての判断をするまでも無く原告の主張は失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(判事 米本清)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例